
右を見ても、左を見ても広大な山々が見える、長く続く田舎道。
到着した先は、日田市源栄町にある「小鹿田の里」

小さなお蕎麦屋さんを営む黒木さんは、
この地域で作られる器に、自慢のお蕎麦を盛っておもてなしする。
――― ああ、なんかすごく嬉しい。
小鹿田焼(おんたやき)で食べられて嬉しいって言われますね。あたたかみのある器でね。

「小鹿田焼(おんたやき)」
手に感じる土のぬくもり・・・表面に施された帯状の模様が、えも言われぬ深みを与える。

ここ、小鹿田の里で作られる器の特徴は、機械を使わない手作業にある。
陶土となる原土の採取、乾燥、唐臼による土の粉砕、成形、装飾、焼成など・・・
とにかく全てが「人の手」「感覚」によって作られていく。
この技法は江戸時代から受け継がれ、今でもそのやり方は変えていない。
1995年には、陶芸技法が国の重要文化財に指定された。

器に刻まれた独特な模様は「とびカンナ」から生まれたもので、大正末期から伝わる。
「描く」ではなく「削る」。
轆轤を回しながら、リズミカルに刻みを入れていく。
「ゴン、ゴン、ゴーン・・・」
小さな里に鳴り響く、何かをつくような音。

小鹿田のシンボルともいえる「唐臼(からうす)」だ。
――― 山から掘ってきた土をここで粉砕して粉状になるようについています。
鹿威しの原理で、水の力を生かし、陶土を打ち砕く。
この土を砕く際に鳴る音は、残したい日本の音風景100選にも選ばれた。
桶に水が溜まっていく様子は、どこかワクワクする。
――― 幼い頃から聞いている音なので・・・ 正直、聞こうとしないと聞こえないんです。もう生活の一部なんですよね。
以前、民宿に泊まった観光客の方は、この音にびっくりして 夜中にも関わらず帰って行っちゃったという話も聞いたぐらいです。
思わぬエピソードまで♪
ありがとうございます。

こう話すのは、陶工の黒木史人さん。
6月に控えた火入れに向けて器づくりを進めていた。

成形したばかりの器にはまだまだ水分が残る。
撮影の際、作業場にお邪魔した途端、カメラのレンズが白く曇った。
かなりの枚数を置いていただけに、
その湿度の高さと、同時に器に潜んだ自然のエネルギーみたいなものを感じる瞬間だった。

ずっしりと、かたさのある小鹿田の土。練るにも相当なパワーを使うそう。
練った土が菊の花に似ていることから「菊練り(きくねり)」と言われるこの作業。
空気を抜きながら、かたさを調節していく。

家族で営むこともひとつの特徴といえる、ここ小鹿田の里で伝わる伝統。
気になるのは「後継ぎ」のこと。
――― 奥さんが仕事をしだして、息子もし始めて。
「家業に入ってきた」という立場の違いですよね、やはり視点が違うというか。
祖父から父へ、父から自分へ、先代から教えてもらって今があるので。
鹿路に座る息子を見ていると 自分が息子ぐらいの時、父は私に何が伝えたかったのかと考えたりします。
その答えはまだまだ見つけられていません。これからかなと。
脈々と伝わる小鹿田焼の「伝統」
ただ、同じ技法であっても、同じ家族であっても、同じものを表現・作ることはできない。
――― 全く知らない世界なので、最初は戸惑うことが多かった。結婚した頃は、家事も仕事も初めてのことばかり。振り返ってみれば、大変なことしかありませんでした。
大学時代は音楽を学んでいたという妻の由香さん。
今は仕事を手伝いながら、3人の子どもを育てている。
――― やってみると楽しいですよ。最近は、高校卒業した息子もデビューしたので力仕事を全て任せられるようになりました。
終始笑顔が絶えない由香さん。
鹿路を回す真剣な眼差しから一変、黒木さんもどこかほころんだ表情が印象的だった。
18歳の息子さんはこの春デビューしたばかり。小鹿田の里にとって、期待の星みたい。

ちょうどこの日、お隣の黒木さんが火入れ作業を行っていた。
共同で窯を使用するため、器を焼けるのは年に4〜5回。
(共同窯は順番・使用できる窯の数が決まっており、家庭によって焼く回数が異なる)
窯をあたためるだけでも13時間近くかかるそう。
この日は朝5時から作業をしていたようで、この時既に夕方6時を回っていた。
火照った黒木さんの顔から、その大変さを感じた。
――― 2か月ちょっと作ったものが全て入っているんで失敗できないなと。
時々窯の中を見ながら、膨れとか割れがないかチェックしてます。

温度が高すぎても低すぎてもよくない窯焼き。
大体1300度ぐらいまで温度を上げるそうだが、それも全て手作業。
度々煙突の方を向いては、煙を確認しているようだった。
一瞬たりとも気が抜けない、根気がいる作業。

火を見つめる黒木さんが話してくれた過去の自分
――― 継ぐ気はどこかであった。
けれど、最初凄く嫌だったんですよ、継ぐということが。だから一度大学に出て戻ってきたんですけどね。
スタッフ)その時やる気は?
――― もう仕方ないというか、責任感だけですよね。
スタッフ)その気持ちは、やりながら変わっていきました?
――― 今は楽しいし、満足しています。社会は変化しているけれど、ここは日々同じことをやっている感じ。
それが「小鹿田らしさ」というか。魅力は変わったことをしないところかなぁ長く続けていければと思っています。

小鹿田でしか体感できない「魅力」「生きがい」
無い物ねだりかもしれないが、唯一無二な体験はどこか羨ましくも感じた。

窯焼きから1週間後、よく焼けたと明るい表情を見せてくれた黒木さん。
これから、完成を待つ全国のお客様に発送していくという。

繋いできた伝統を、変わりゆく今の時代に生かす。
魂込めて作られた器が、皆さんにとって、とっておきの器となりますように・・・
