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時速194キロの交通事故 当初は「過失」その後「危険運転」で起訴
2021年に大分県大分市で起きた時速194キロの車による死亡事故の裁判員裁判で11月28日、大分地方裁判所は「危険運転は認められる」として、被告の男に懲役8年の実刑判決を言い渡しました。遺族側は12月4日、「量刑が軽すぎる」などとして大分地方検察庁に意見書を提出して控訴を要請しました。11月28日の判決後に開かれた遺族の会見を詳しく伝えます。
この事故は2021年2月、大分市大在の県道交差点で小柳憲さんが車で右折しようとしたところ時速194キロの車と衝突し亡くなったものです。
当初、大分地検は当時19歳だった被告の男を「過失運転致死罪」で起訴しましたが、遺族の署名活動のあと「危険運転致死罪」に起訴内容を変更し、裁判員裁判が開かれることになりました。
最大の争点は時速194キロの車による事故に「危険運転致死罪」が適用されるかどうかでした。
危険運転認められたのは大きい。ただ量刑は…
「危険運転致死罪」を認めた大分地裁の判決を受けて11月28日、遺族などが会見を開き、胸の内を語りました。
◆小柳憲さんの遺族姉・長文恵さん
皆様お集りいただきありがとうございます。判決を聞き、いまの心情は一言では言い表せない気持ちです。
まずは、「危険運転致死罪」が認められた判決になったことは、とても大きなことだと思います。ただ、量刑については自分の中では「懲役8年」というのを聞いた時に、その後の裁判長の話は全く耳に入らない思いがしました。
これまでの3年9ヶ月の日々を振り返ると、もちろん被告も待った時間だったろうと思いますが、私たち遺族もとても苦しんだ時間、そこは同じだったのではないかなと思います。ただ、2条4号(自動車運転処罰法・妨害運転)について認められなかったことは残念で今後、少し考える時間が必要だと感じました。
重く罰せられれば良いだけではなく、事故抑止になる判決に
(Q判決を聞いた時は頭が真っ白になったとのことでしたが、改めて今回の判決をどのように受け止めていて、胸の中にどのような感情があるか)
まだ判決を受けてから時間がさほど経っていないので、まだ考えるところまで辿り着いていません。1人で判決を聞いたわけではなく、会のメンバーに支えられ、見守られて判決を聞くことが出来ました。頭は真っ白になりましたが、会の皆さんが一緒に聞いてくれているという気持ちもありました。懲役8年と聞いた時は頭が真っ白になったが、7年を超えているところは、危険運転を認められたと感じました。それが私にとって良い判決なのかそうでないのか、悩ましい。そういった量刑な気がします。
(Q判決の前日、どんな判決になってもこれから長い闘いになると言っていたが、いまどんな思いですか)
この時速194キロの交通死亡事故は、第一審の判決がきょう言い渡されましたが、今後は大分だけの問題ではなく、全国の高速度での交通事故にも引き継がれていくと思います。そういった意味ではこれからも続いていくと思っています。速度を出し過ぎての死亡事故は、本当に無くなってほしいという思いが一番。それが「重く罰せられれば良い」というだけの判決ではなく、今後抑止にならなければならない。そういったことでは「量刑はこれでいいのか」という思いがある。今後、ゆっくりちょっと考えていきたい。
被告を絶対に許さない 一生十字架を背負って生きて欲しい
(Q小柳憲さんにはどのように報告しますか)
彼はもうこの世にはいないので、言葉をかけなくてもずっと私のことを見てくれていると思います。もしかしたらこの部屋のどこかで見てくれているかもしれない。例えば「こういう風になったから良かったね」というような言葉は、私の中では永遠にありません。これからも私を見守っていて欲しいし、「いずれこの世から去るときには、あちらで会いましょう」という気持ち。会えたら何か話せたらいいなと思います。
(Q判決後、被告に対する率直な思いは)
もう私と生きる道は違うので特に思いはなくて。とにかく、この事故がどのように裁かれるかだけを考えて、今まで来ました。今後、相手がどうするのかも分からないし、私たちも分かりません。
これからまた闘いがあるのか、それとももう関わりがないのか…。ただ、弟の命を奪ったという事実だけは決して無くなることはない。一生、十字架を背負って生きていって欲しいと思っています。
(Q初公判後の被告の謝罪について、あまり気持ちは感じられなかったとおっしゃっていましたが、今回の判決では反省の態度を示していると裁判所は述べています。その点についてはどう考えますか)
反省というのは、言葉で表せばすべて反省になるかもしれないし。心からの反省が存在するのかどうか私は分かりません。頭を下げれば許されるものではない。命を奪っている限り、絶対に許さない。どんなに謝罪されても私は許す気持ちはありません。
署名に協力してくれた方々に結果を報告したい
(Q多くの人に感謝していると述べていましたが、今回の判決を受けて、そうした方々に対する気持ちがあれば教えてください)
きょう裁判所に入る前に、これまで集めてくださった署名をもう一度見ました。本当は裁判所に一緒に持っていきたいぐらいでしたが、許されないだろうと思って置いてきました。
署名活動をしてくださった皆さん、署名にご協力してくださった皆さん、お声をかけてくださった皆さん、たくさんの方々に、まずこの結果を報告したいです。
危険運転致死罪を認めてもらう判決をもらったこと、これは私を支えてくださった皆さんへ、私がお返しできる唯一のことです。
この場にいる会の皆さんにも支えられてきた。判決を聞いた時、いかに自分が支えられてきたかをすごく実感した。そして一緒に来ている家族、私は一人で突っ走ってきたところがありますが、家族はそれを陰でずっと支えてくれた。弟の友達も、ずっと見守ってくれていた。本当に感謝しています。
(Q今後については)
いまはまだ何も決まっていません。これから弁護士の先生も含めて話していきたいと思います。
訴因変更は本当にきついこと、遺族も地検も簡単に出来ることではない
(Qこの判決が、同じような高速度での事故で傷ついている方々、同じような裁判で闘っている方々に、どのように受け止めてどのような意味を持ってほしいと思いますか)
一般道での時速194キロの事故は、私が知る最高速度です。今後、この速度以上にならないと危険運転が問えないことになったら非常に危険なことです。
時速194キロが認められないとなると、日本車はリミッターが時速180キロとすると、日本車はすべて認められないことになってしまう。それはおかしな話。
もともと時速194キロが「過失」になるということがおかしいことだったんじゃないかと思います。そうじゃないということで闘ってきましたが、高速度類型で危険運転が認められるということ、これは各地検が起訴を考えていける一つのことになると思います。
訴因変更というのは本当にきついことで、遺族も地検も簡単に出来ることではない。遺族が家族を失った悲しみ以上に、また苦しい思いをすることがない裁判になっていかなければならないと思う。そこは安堵したような気持ち。
(Q高速度での事故、危険運転による事故が今後どうなってほしいですか)
高速度については「どのくらいの速度を出したらダメだ」とかいうことではなく、そもそも法定速度は何のためにあるのだというところから考えて、安全に皆さんが生活出来るようにするための形を考えていくべきです。
3倍以上の速度でこんなに悩むこと、苦しむことがないように、そんな世の中になっていければと思います。
(Q量刑については納得出来ない部分があるとのことですが、危険運転だと認められたことについてどう思われますか)
当然であることを認めてもらったという気持ち。これが「過失」となると、私が今まで闘ってきた日々も何だったんだろうと思います。
「危険運転致死罪」の意味そのもの、なぜこの法律が作られたのかを考えると、悪質な故意犯を罰するためじゃないのかと思う。認められたということは、今まで苦しかったですけど、今思えば当然だと思います。
闘わなくても、事故がきちんと評価される世の中に
(Q11月27日に危険運転の処罰の在り方を検討する法務省の有識者委員会で取りまとめがなされましたが、どのように受け止めていますか)
交通事故はいろいろなケースがあるので、一律で明確で分かりやすいっていうのが、分かりやすいのかもしれない。でも分かりやすいものと言うなら、AIで良いんじゃないかなと思うんです。
人の心なんてないものから評価された方が、こちらも納得するかもしれない。しかし様々な状況がある中で、しっかり調査して、人がちゃんと考えて、その事故をみて判断していくことが大切。
悲しいのは結局、遺族は裁けないということ。どんなに苦しい思いをしても、司法の方々に決められて裁かれる。
最終的にはこうして見守るだけ。裁判に臨むまでの私は、そこをなんとか出来ないかという思いで闘ってきました。しかし、こういう風に闘える人ばかりではないと思うので、闘わなくても事故がきちんと評価してもらえるような状態にならなければいけない。
法務省の検討会が打ち出した数値基準「悪質なものは基準以下でも適切に処罰出来るようにならないといけない」
◆交通犯罪の専門家・高橋弁護士(会見に出席)
法務省の有識者会議は「数値基準」を作る方法でやっていると思います。あれは法務省有識者会議の前に自民党の部会で、私が最初に言い出したことでした。
例えば一般道で時速60キロのところを2倍の時速120キロ以上出したら、路面の状況とか車の性能とか関係なく、誰が見たって制御出来ないでしょう。これは国民が誰でも納得するでしょう。だから時速120キロ以上は、道路状況とか車の性能とか関係なく一律に危険運転にしましょうという趣旨で言った。時速120キロ以下の場合には、今と同じように道路の状況、路面の状況、車の性能から考えて「制御困難な高速度」かどうかを法に基づいて判断してくださいという趣旨で言った。
誤解が無いようにして欲しいのは、今回の大分地裁の判決で、時速194キロで危険運転が認められたからと言って、今後それより下はダメだとか、上じゃないとダメだとか、そういうことにはなりません。
(Q解説していただいた上で、長さんはどう考えていますか)
例えば、高橋先生のおっしゃる一般道で2倍以上だったら当然危険運転に該当します。栃木県の事故の件も当然該当し、苦しまなくて済みます。
しかし、それだけではなくて、その速度に満たない部分については悪質なものはきちんと拾い上げられるようなものにならないと、もっと狭いものになるかもしれないという危機感もあります。そこは慎重にすべきところです。
声を上げなかったら「過失」で終わり、知られることも無かったかもしれない
(Q裁判が始まった時の会見で、「少しでも弟の無念を晴らしたい」という言葉があったかと思います。今回の判決を受けてどのように考えていますか)
当初、時速194キロの事故が「過失」になった。その起訴の話を聞いた後、すぐに第一回目の公判の日が入った手紙が裁判所から届きました。もし私が声を上げなかったら、そのまま裁判が行われ「過失」で終わって、皆さんが知ることもなかったかもしれません。
私は遺族なので、弟の悲惨な状況などを知っているから、このまま彼の事故を終わらせてしまうことは絶対にしたくなかった。
そういった意味では、大分で時速194キロというインパクトのある速度で有名になり、現場の交差点も皆さん分かる交差点になったこと、これは弟が生きてきたこと、弟が存在したことでこの世に残せるものだと思う。
きょうの判決も、高速度類型で、コースアウトしなくても(直線走行でも)認められるという形になったこと。こうしたことが、彼の無念であったろう人生の最後に、私は彼に残してあげたいもの。
命を戻すことは出来ない。無念を晴らすと簡単に言いましたが、この世に彼が生きていたことを形として残せること、今まで闘ってきたこと、これは彼にしてあげたかったことだったから良かったと思っている。
担当検事に思いをぶつけた 思いが裁判で出せる形を作ってくれた
(Q会のメンバーに支えてもらったという言葉がありましたが、今後、佐々木さん(栃木164キロ事故の遺族・これから裁判)をどのようなことで支えていきたいと思っていますか)
この裁判の間、まさか全部傍聴に来てくれるとは思っていませんでした。毎日たくさん話をしながら日々を過ごし、判決も一緒に聞くことが出来ました。ただ宇都宮(の裁判)はいまからなので、私は今後もちろん佐々木さんの裁判を傍聴したいし、今後の動きも一緒に見ていきたいと思っている。この関係に終わりは来ないと思います。
(Qきょうは一つの節目だとは思うが振り返ってみて、一番印象的なことや思い起こされることは)
まず、事故から1年5ヶ月の間は本当に皆さんと出会うこともなくて、家族で悲しむ、起訴を待つだけの時間だった。「過失」で起訴の連絡を受けてから、私の中で怒りが爆発した。それからいろんな方たちと出会い、いろんな方たちに支えられて、ここまで来たという思いです。
ふと立ち止まれば弟を思い出して、もう会えないのだなっていうことを考えて。とにかく「危険運転」で認められるようにっていうのは担当検事とずっと話してきた。私の思いの120%ぐらいをぶつけてやってきて、裁判でも私の思いが十分裁判で出せるようにっていう形を作ってくれた。
私としては、もうやり残したことはないっていう気持ちで、大分の裁判はきょう節目を迎えたんですけど、きょうで終わるのか、それともまた次のステージかっていうのは分かりません。
もっともっと交通事故の被害者のことを考えてもらえる世の中になってほしい
でも、交通事故は今後もゼロにはならなくて、毎日のようにどこかで交通事故はある。1つの事故がニュースになっても、また次の事故に塗り替えられてっていう風になり、いつかこの事故も、皆さんから忘れられることがあるかもしれない。
でも今後「あの交通事故のきっかけでいい世の中になってきたよね」っていうような、そういった形になっていければっていう今後をいまは考えている。
過去の3年9ヶ月の日々っていうのは、いま思えばもちろん長い。でもこれからはもっと長い人生があると思っている。今後、もっともっと交通事故の被害者、遺族のことを考えてもらえる世の中になってほしいなというのが、きょう判決を受けて非常に思う気持ち。
きょうの判決も、大分のこの弟のことだけじゃなくて、これからの交通事故に影響していくものだと思っているので、すごく責任があるような気もしていましたが、達成出来たものはあるのかなと思っています。今後また私は、違った形かもしれないですけど、闘いは終わらないと思ってこれからもやっていこうと思っています。
この会見の6日後の12月4日、遺族の長さんは危険運転致死罪を認めた一審判決について、弁護士を通じて大分地検に意見書を提出し、控訴を要請しました。
長さんはTOSの取材に対し、「情状酌量の面で納得が出来ない。懲役8年という量刑はあまりに軽すぎる」と話しています。
時速194キロの死亡事故、危険運転を巡る裁判は今後も続くことになるのか。
控訴の期限は12月12日となっています。