「夢の開発者」87年に渡り描き続けたマチの姿 新大分土地、逆転の発想と遊び心の原点を探る

2025年01月08日 10:30更新

大分市内を中心に貸しビルや駐車場など不動産事業を営む「新大分土地」をご存じだろうか。創業87年を迎えた同社の社長は5代目の阿南勝啓。

「夢の開発者」を信条とし、個人事業主をターゲットにした敷金ゼロのリノベーションや建物を活用したエリア全体のブランディングなど大胆な発想で新しいマチの姿を描き続けてきた。

その逆転の発想や遊び心の原点を探る。



(福岡地所時代)

Dreams Developer(夢の開発者) 

都市高速道路の開通に始まりアジア太平洋博覧会「よかとぴあ」が開催されるまでの1980年代の10年間、福岡市は大きな変化の始まりを迎えていた。

その大きな変化のさ中となる1982年、阿南勝啓は「福岡を面白くする」を企業理念とするディベロッパー「福岡地所」に入社した。そこでは、その後キャナルシティ博多などで大成功する榎本一彦社長が経営の指揮を執っていた。


(新大分土地に入社した頃)



榎本一彦氏と阿南氏


阿南自身は入社から13年間で「ホテル海の中道」「ベイサイドプレイス博多ふ頭」「パークプレイス大分」などの大規模な開発に携わり、「誰も手を付けない場所にこそ新しい価値を創る」と言う、榎本社長の逆転の発想と成功を目の当たりにする。

その頃、新大分土地は阿南の父が4代目の社長であったが体調不良となり、13年間務めた福岡地所を辞め、後を継ぐため1995年新大分土地に入社した。


榎本社長の理念や手腕に影響を受けたと言う阿南、社長に就任した際、人と街の夢を開発することを目指し、「Dreams Developer(夢の開発者) 」を企業理念に定めた。


(HPより)

原点は祖父

日中戦争開戦の翌年の昭和13年(1938年)、国家総動員法が制定され国中が物不足に悩まされていた時代に新大分土地は大分土地建物㈱を引継ぐ形で誕生した。


(昔の新大分土地)

実は新大分土地の経営にはじめから阿南家が携わっていたわけではない。阿南の祖父・熊男が新大分土地からビルを借り、映画館とタクシー会社を経営していたことが縁となった。


建物は大分駅北側の中央通りに面する中心市街地の一等地。昭和20年代代から30年代当時、映画は娯楽の花形であり、自家用車が一般に普及する前の時代、タクシーは重要な交通手段であった。


県都大分市の中心部で、街が栄え人々の暮らしが楽しく豊かになることに貢献した祖父は、その後、新大分土地の3代目の社長となる。阿南は当時の祖父に一等地のビルを貸した新大分土地の決断に思いを巡らせこう語る、


(右端:阿南熊男)

「当時の祖父にどれ程の信用があったか分からない。様々な商売をしていたが、農家に生まれバックボーンを持たない人間にもかかわらず、新大分土地は一等地のビルを貸し、街中に夢をもたらす当時の祖父を後押しした。」

人と街の夢を開発するという企業理念はここから生まれた。

不動産業の常識を転換

阿南が新大分土地に入社した1995年当時、バブル経済が弾け所有するビルには空き部屋が目立ち始め、家賃収入が減っていった。そこで起死回生の一手として「リノベーション」をやろうと持ち掛ける。


「古くなったビルは壊すしかないのか?」と悩んだ時期もあったが借金して勝負に出た。


(スロウダイニングビル リノベーション前)

古くなったビルを新築の状態に戻すリフォームと違い、住む人の暮らしに合わせて改装し、新築以上に価値を高めるリノベーション。新築と比較しても劣らないデザイン性や機能性が無ければ選んでもらえない。


さらに阿南は、リノベーションに加え、これまでの不動産業の当たり前を見直し「テナントが主役」という方向に舵を切る。社員全員の反対を押し切って敷金をゼロにした。大きな事業所の入居をターゲットにせず、個人事業主をターゲットに変えた。 

しばらくして会社のホームページのトップ画面に「まちはひとでできている」という言葉が掲げられる。



エリアブランディング

2004年に大分市都町に「スロウダイニングビル」のリノベーションが完成した。


(スロウダイニングビル リノベーション後)

飲食店やバーなど個性的な個人事業主がテナントとして入居した際、「ビルは入居者によって価値が作られる」 ことを強く実感する。そしてこのスロウダイニングビルの開業が、街づくりに意識が高まるきっかけとなった。


5年後、大分市の竹町商店街の西口近くで10年以上空き家になっていたテナントビルを「waza waza」としてリノベーションした。アーケードの商店街にありながら、樹々の木漏れ日や風が抜ける路地を配した。


(wazawaza)

デザイン性の高いビルには飲食店のほかリハビリ専門のジムなどが入ってっている。「技(わざ)」が光り業(わざ)」が冴える」をコンセプトにするビルは竹町商店街の顔の一つになっている。



(竹町のリノベーション)

さらにその「wazawaza」の対面に2021年「TAKENISHI  TERRACE」をオープンさせた。テイクアウトの専門の複数の店舗が入るこのビルも奥に進んでいくと樹々が茂っている。

そして樹々とともに設置されたウッドデッキのテラスが、流れる時間を穏やかにし、都会的で落ち着いた空間を生みだしている。




TAKENISHI  TERRACE

空間としての「テラス」と竹町西口を「照らす」という二つの意味がこめられたこのビルが誕生したことで、竹町西口の点が面となり、建物で街=エリアのブランディングをリードするという阿南の構想がさらに一歩前に進んだ。


TAKENISHI  TERRACEは2022年公益財団法人日本デザイン振興会が運営のグッドデザイン賞を受賞

80周年の後のコロナの猛威

2018年新大分土地は創業80周年を迎えた。デヴィッド・ボウイやTREXなど世界的なロックミュージシャンなどを撮影し続けている写真家・鋤田正義の写真展を記念事業として開催した。


鋤田正義と

一か月余りの開催期間に合わせて、トークセッションや関連する映画の上映、阿南自身も出演したライブの開催など、複数のイベントを仕掛けた。

(ライブに出演した阿南氏)

リノベーションで行動を起こすことの大切さを身をもって示してきた阿南。「リスクを恐れ何もやらなければ何も生まれない。」「いつの時代も変化を起こすのは若者たち。建物も街も若者のエネルギーなしには価値が生まれない。」

そんな思いでこの記念事業を手掛けた。そして様々な世代の多くの人が集まる複合的なイベントを通して、文化面でも街に賑わいを作り、何かを始めることの大切さをメッセージにして届けた。


80
周年の記念イベントを大成功で終えた新大分土地。ところが翌年からコロナの猛威により、状況が一転する。

特にテナントの飲食店が大きな影響を受ける状況になり、賃料を減額して事業者が退去に追い込まれないようサポートした。「借り手が繁盛する事こそが、ビルの存在価値だ」とどんな状況でも経営の姿勢を変えずに貫いている。

屈託のない笑顔=キャプテンサンタの笑顔

大分市内を中心に、貸しビル20棟や駐車場などの土地6箇所を所有する新大分土地。

現在64歳の阿南勝啓は、5代目社長として多忙な日々を送っているが、遊び心を忘れず、大好きな音楽や映画、またファッションといった趣味に費やす時間やその手間も大切にしている。


(趣味のレコード)

そんな遊び心も人柄にあふれ、人を引きつける。年齢や立場に関係なく人を敬う謙虚な人柄もあるが、何より輝いた眼と屈託のない笑顔が飛びきりチャーミングで人懐っこい。



(ボートハウス・下山氏と)

阿南自身が大好きなファッションブランドに「ボートハウス」がある。その生みの親である下山好誼氏 によって誕生したキャラクター「キャプテンサンタ」をご存じだろうか?


キャプテンサンタ

このキャラクターは「大人になっても夢を見続けてもらいたい」と願う下山氏自身を描いているものらしいが、阿南の笑顔にそっくりで、そのものだ。

(キャプテンサンタのような笑顔)

このキャプテンサンタの笑顔に接すると、ポジティブなエネルギーを受け取れる。


そのエネルギーを受け取ったテナントの借り手がまたプラスのエネルギーを街にもたらしているのではないだろうか?そんなことを思う素敵な笑顔だ。

さあ、どうする?

創業80周年の記念イベント・写真家鋤田正義展で新聞に見開きで大きく広告が掲載された。

(広告)

そのメッセージは「扉を前にして、開くのか?開かないのか?さあ、どうする?」というものだった。


それは鋤田正義自身が単身海外に渡り、数々のトップアーティストの心の扉を開いてきたことをリスペクトした言葉だ。

数年後には息子に後を託そうと考えていると言う阿南だが、エリアブランディングの夢は膨らんでいる。


(直近の横顔)

竹町西口付近に、さらに新たな土地を確保しており、賃貸のマンションを作る構想を練っている。


「存在感のあるレジデンスを作る予定です」と意気込みを語る。


DreamsDeveloper(
夢の開発者)が信条の新大分土地。


この先も、「さあ、どうする?」の問いに対して、阿南勝啓社長は新たな夢の扉を街に開いて応えていくのだろう。

■阿南勝啓
1960年2月12日生まれ64歳。玉川大学文学部芸術学科卒業。

1982年福岡地所に入社し「ホテル海の中道」などの開発に携わる。

1995年新大分土地に入社。古いビルに新たな価値を創り出すリノベーション事業を次々に手掛ける。

1999年5代目社長に就任。去年、公共の仕事で顕著な功績のあった人に贈られる「藍綬褒章」を

大分県納税貯蓄組合連合会の会長として受章。会社は2018年に創立80周年迎え、現在87年目。

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