佐賀関火災から半年 被災した漁師は火災の教訓語り継ごうと焼けた自転車を保管 大分

2026年05月18日 19:00更新

大分市佐賀関で起きた大規模な火災から18日で半年となりました。復興へと歩みを進める被災地を取材しました。

 

 

 

こちらは住民たちの交流の場、「関ばっくす」です。

 

18日も15人ほどが集まって近況を報告し合っていました。

 

火災から半年、住民は…

 

 

◆被災地域の住民

 

「(被災地域が)きれいになっているから、半年経ったんだなあという思いで歩いた」

 

「今、関から外に出て住んでいる人は早くこちらに帰れたらいい」

 

 

自宅の被災は免れた渡辺忠孝さん。田中3区の新しい区長になりました。

 

 

◆渡辺忠孝さん

 

「これから解体工事とか、復興住宅とか、新しく目に見えて(街が)変わってくると思うので、どうか希望持って家を無くした人たちにエールを送りたい」

 

 

 

 

2025年11月18日。真っ赤な炎に包まれた佐賀関の住宅街。

 

196棟が焼け、焼損面積はおよそ6万3900平方メートルに及びました。

 

 

被災した建物について市は、172棟を対象に2026年1月から公費での解体工事を進めています。

 

 

◆橋本れい子さん

 

「もう諦めていますと言ったけど、電話があって、もう一回記念(のもの)があれば探しますよ、ということで探してくれている」

 

 

火災から半年近くが立った5月。被災地では、住宅の焼け跡から思い出の品を探すボランティア活動が行われていました。

 

 

こちらの夫婦は自宅の解体工事を間近に控えていましたが、がれきに埋まってしまった品々を自分たちで探すことは難しかったそうです。

 

 

◆ボランティア

 

「あ、指輪?指輪かなこれは。どうですか」

 

◆橋本れい子さん

 

「指輪だ、すごい」

 

 

見つかったのは、妻のれい子さんが義理の姉からもらい大切にしていた指輪。焼けてしまっても一つ一つの品に思い出が詰まっています。

 

 

◆橋本元紀さん・れい子さん

 

「何度も来たけどこれはだめだと諦めてた」

 

「良かった、ありがとうございました。ほんとみんなのおかげ」

 

 

公費解体は18日も進められていました。5月1日時点で28棟の解体・撤去が終わったということです。作業は11月末までに完了する予定です。

 

 

 

 

 

◆漁師の永倉和久さん

 

「僕は自分の家に火がつくのを見ていた。そこで見ていた」

 

 

永倉和久さん39歳。兵庫県出身で、12年前に一本釣りの漁師を夢見て佐賀関に移住してきました。

 

 

被害の大きかった田中地区にあった永倉さんの自宅は全焼。立ち入り許可が出た際には毎日訪れましたが、漁の道具、そして、大切な思い出の品は燃えてしまい、何もかも失ってしまいました。

 

 

◆漁師の永倉和久さん

 

「命あるだけいいとか、家はなんとかなるからとか言われたりするが、それだけじゃない。息子の大事なものが燃えてしまったのが、僕は残念」

 

 

家族の思い出がたくさん詰まっていた永倉さんの自宅。4月末、公費解体が終わり、更地になりました。

 

 

◆漁師の永倉和久さん

 

「当然寂しいし、燃えてほしくなかったのが一番。一番だが公費解体も始まって、なかなか(住民が)全員帰ってくることは難しいかもしれないが、 一人でも多く帰ってきてもらえたら」

 

 

永倉さんは燃えてしまった息子の自転車をいまも大切に保管しています。

永倉さんが住む被災した地区では、視察の受け入れを始めていて、永倉さんも火災の教訓を語り継いでいきたいとしています。焼けてしまった自転車が、子供たちなどに説明するときの教材となるのではないかと永倉さんは考えています。

 

 

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