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大分県大分市で特攻隊ゆかりの品々を展示してきた予科練資料館が2024年夏に閉館しました。戦争の記憶を伝える貴重な展示品の引き継ぎが着々と進められています。
2024年8月に閉館した大分市上野丘の予科練資料館。10月下旬、進められていたのは膨大な展示品を運び出すための作業です。
◆作業する人
「すごいなぁ、このハンモック。現存しているのは、ほぼほぼないと聞いた」
資料館で長年展示されてきたのは、特攻隊ゆかりのものを中心とした戦争にまつわる貴重な品々です。
丁寧に進められる作業。その様子をスマートフォンで記録する人がいました。
◆川野孝康さん
「最後の風景を撮って、(県外に住む)弟と妹と、ホームページでも皆さんに情報を伝えようと思っている」
資料館を管理する川野孝康さん(69)です。
父・喜一さん(享年95歳)は元特攻隊員で、1988年に自宅を改修して、資料館を開設しました。
喜一さんは2021年に亡くなり、孝康さんが運営を引き継ぎましたが、自分の後の担い手がいないことから、やむなく閉館を決めました。
ほとんどの展示品は大分県護国神社が引き継ぎます。
神社では戦争にまつわる品々を展示する施設をリニューアルして12月8日に開館する予定で、そこに予科練資料館から引き継いだものの一部も展示するということです。
◆川野孝康さん
「父の思いがそのまま、つなげることができたからよかったと思う」
また、戦闘機のプロペラなどの大きな展示物も近く移設が完了する予定です。
着実に進められている展示品の引き継ぎですが、中には家族に返却されたものもありました。
◆高橋伸枝さん
「こちらが『飛行眼鏡』。これが『航法計算盤』。以上、2点を戻してもらった。地元に帰ってきてもらいたいなという思いで、忙しいと思ったが川野さんに連絡をさせてもらった」
静岡県浜松市に住む高橋伸枝さん(58)です。
報道を通じて資料館の閉館を知り、元特攻隊の父・清助さんが寄贈した品の返却を希望しました。
戦死することなく終戦を迎えた清助さんですが、2度撃墜され、九死に一生を得た経験があるということです。
同じ元特攻隊員の川野喜一さんが予科練資料館に展示するものを集めていることを知り、自身の品を提供しました。
◆飛行眼鏡について説明する高橋伸枝さん
「戦争も終盤になると、こういうひびは自分で直して使えということで、当時の接着剤なので変色して黒くなっている」
◆航法計算盤について説明する高橋伸枝さん
「父は偵察機に乗ることが多かったと聞いていて、飛行航路を微調整するのにこれを読み取って、パイロットに伝えていたと聞いている」
2022年、96歳で亡くなった清助さん。
高橋さんは父が経験した戦争の記憶を地元で伝えていこうと、返却された品は浜松の資料館に寄贈する意向です。
◆高橋伸枝さん
「戦争は命を削った争いだから、(父の品は)立ち止まるきっかけになるものであって欲しいと思う」
2025年で戦後80年。
特攻隊員たちの思いを伝え続けてきた予科練資料館はもうなくなりましたが、大切な展示品はまた別の場所で平和を伝え続けていきます。