別府の「地獄めぐり」そもそもなぜ地獄と呼ばれるように?今は見ることができない地獄…痕跡も【大分】

2023年11月30日 13:00更新

別府観光といえば外せないのが「地獄めぐり」
コバルトブルーが美しい海地獄や、大迫力の龍巻地獄など 10 か所ほどの地獄があり
多くの観光客で賑わっています。
そんな地獄を、別府の歴史の“生き字引”平野資料館の平野館長とフカボリしました。



 

平野館長によると、「別府の地獄」は1000年以上前の豊後国風土記に記されたのが最初とされ、江戸時代の紀行文にも地獄の様子が記録されているといいます。

そもそも、噴気が立ち上る場所をなぜ別府では地獄と呼ぶようになったんでしょうか?

“悪いことをすると地獄に落ちる”などと言いますが…
別府の場合は、いたるところから熱湯や噴気が噴き出し耕作も困難だった当時の状況が地獄のイメージと重なったために「地獄」と呼ばれるようになったとのこと。
そして、発想の転換で地獄が観光地へ。

「別府に行けば地獄を見ることができる」
そんな噂を聞いて好奇心を掻き立てられた人々が全国から集まるようになり、昭和初期の地図を見ると15か所の地獄が確認できます。

15か所のうち、今は見ることができない地獄も痕跡はあるという。
そこで、今はなくなってしまった地獄の痕跡を探すため最初に向かったのは…

今は公園になっているとある場所。
ここにはかつて間歇泉(かんけつせん)があったといいます。
それが「前八幡地獄間歇泉(まえはちまんじごくかんけつせん)」。

昔の写真と見比べると、石積みの痕跡も確認できます。
その手前で40メートルほどの高さまで間歇泉が沸いていたということですが、湧出量の低下などにより昭和初期に閉鎖されたといいます。


 

その「前八幡地獄間歇泉」の隣にあったのが「八幡地獄」。

現在は私有地になっているのでこの公園からしか見ることができませんが、戦前は多くの観光客で賑わった場所でした。
平野館長によると、その理由はここに「怪物館というものがあったから」。
その“怪物館”には鬼やカッパ、人魚(?)などが展示されていたとか…。


 

大正時代からの歴史をもつ「鶴見地獄」は、昭和初期に大人気だった地獄で、立派な門を抜けると迫力ある地獄が迎えてくれました。
そして今でも、その痕跡が残されているんです。

今でも温泉が沸き出ている鶴見地獄にはかつては鬼が…?

私有地のため 現在は非公開となっていますが…今でも衰え知らずの迫力です!


 

その鶴見地獄には こんな一面も。
鶴見園という遊園地もあり、当時は鶴見園から鶴見地獄へというのが定番コースだったとか。
鶴見園の中には温泉プールもあったということですが、所有者が変わるなどして戦後徐々に閉鎖されていったということです。


 

続いて九州横断道路沿い。
現在は「鉄輪地獄地帯公園」があるこの場所には「十万地獄」という巨大な地獄がありました。

向こうが見えないほどの湯けむりの勢い…面積も広く噴気の場所が
そのほかにも、昭和初期に消えた紺屋地獄は現在、別府温泉保養ランドになりましたが
実はバス停にはいまだ名前を残しています。

「今井地獄」は、現在は今井温泉として地元の方たちに大切にされています。

大きな観音像があった「鉄輪地獄」。
現在は湯治宿として人々を癒し続けています。

失われた地獄はカタチを変えて今も人々に寄り添い続けています。

(2023年10月28日放送「サタデーパレット」より)

 

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