毎年恒例 高崎山で「サルの個体数調査」始まる 前の年はC群が山から下りてこない異例の事態に…大分
高校野球で新たなスタートを切った赤峰淳さん
明豊高校野球部、第93回センバツ高校野球で準優勝するなど大分県内屈指の野球の強豪校です。
その明豊で12年に渡って部長などを務めチームを支えてきた赤峰淳さん40歳。就任中、川崎監督とともに春夏通じて7回の甲子園出場を果たすなどチームを支えてきた赤峰さんが、今年3月、県予選である思いを口にしました。
ーー赤峰淳さん
「自分にとっては最後の試合かもしれないけど、生徒にとっては春の大会の1試合なんでしっかり勝ち切って次につながるっていうところが生徒にとっては1番」
「自分にとって最後の試合」。それはチームを離れ、新天地へと向かうという決断。赤峰さんが新天地に選んだのは母校・楊志館高校での指導者の道でした。
いずれは明豊のライバルに
赤峰さんにとって明豊で最後となる試合は勝利で終えました。
ーー赤峰淳さん
「あと5イニングやなあとかいうのは、よぎったりはしましたけど。必死になんとか1個ずつ積み上げて27個アウトを取るというところを思ってたので生徒にも1個ずつよ、1球ずつよっていう話をしていた」
この試合を最後に、思い出深い明豊ナインに別れを告げ母校である楊志館高校の監督になります。
ーー赤峰淳さん
「しっかり恩返しできるように、大分の野球を盛り上げられるように、(明豊の)ライバルに早くなれるように頑張りたい」
2011年に、赤峰さんと同じ年に明豊で指導を始め、苦楽をともにしてきた川崎監督も赤峰さんの決断を後押します。
ーー川崎監督
「なかなか高校野球で、しかも母校で監督できるってそんな名誉なことないのでそれなら絶対行った方がいいんじゃないかなと思いました」
いよいよ新たなスタート
明豊での最後の試合から2日後、赤峰さんの姿は、早速、楊志館高校にありました。いよいよ新しいスタートです。
ーー赤峰淳さん
「母校なんで建物も慣れた感じなので、先生たちも知った顔だったので声かけてもらってよかったです。明日から生徒とも会うので、緊張感ありますけど、しっかり最初は話をしてスタートしたいなと思います」
「母校のために」という強い思い
楊志館で迎えた初めての練習の日。赤峰さんは部員たちを前に、思いを伝えます。
ー赤峰さん
「赤峰淳です。今日から監督としてやっていきます。監督として皆に一個お願い、これをやってほしいなっていうことが1つだけ、高校野球というのは勝つだけが全てじゃなくて野球は練習すれば絶対うまくなる、練習を重ねていけば絶対うまくなる。だからそのほかの面で当たり前にできること、これを当たり前にしっかりやっていくという心を持ちながら練習頑張っていきましょう」
楊志館高校野球部は甲斐拓也選手(現・福岡ソフトバンクホークス)の母校で、2007年には甲斐拓也選手の兄・大樹さんがエースとしてチームを引っ張り、初出場の夏の甲子園で全国ベスト8入りという快進撃を見せました。
しかし、それ以降、甲子園の舞台からは遠ざかっていて「母校のために」という強い思いが赤峰さんの今回の一大決心を後押ししました。
母校の選手たちと目指す聖地・甲子園への挑戦
そんな新たな指揮官に選手たちの反応は…?
ーー三原唯翔選手
「最初どうなるかなって不安だったんですけど、監督もとても良い方で雰囲気良くできてると思います」
ーー衛藤太一選手
「絶対強くなって、良い雰囲気でやっていけたらと思います」
大舞台での経験を積み上げこの春、楊志館の監督として新たなスタートを切った赤峰さん。母校の選手たちと目指す聖地・甲子園への挑戦が、ここから始まりました。
ーー赤峰淳さん
「みんな素直で前向きで、吸収してやろうっていうような目とか、そういうのがいいなと思います。楽しそうにやってくれてるんで、スタートとしては良かった」
夏の大会に向けて、公式戦や県外での練習試合など高みを目指す楊志館ナインですが、大きな壁にぶつかることになります。
【後編 母校を再び甲子園に 40歳新監督が弱気の選択に飛ばした檄「ここぞの時」の心構えはー】に続く