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ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、24日で1年です。
祖国を離れて大分県内に避難しているウクライナの人たちの現状や思いを取材しました。
ーーオレーシア・ツビリュークさん
「最悪の1年だった。ウクライナの全ての家族にとってすごく大変な1年だった」
別府市で避難生活を送っているオレーシアさん。
ウクライナ侵攻が始まったその日に子どもたちの手を引いて家を出たと言います。
去年2月24日に始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。
24日で1年が経ちますが、現地では今なお戦闘が続いています。
戦禍を逃れてウクライナから日本に避難している人の数は、およそ2000人。
県内でも、別府市と日田市で合わせて14世帯29人が避難生活を送っています。
1人で子供2人を育てているオレーシアさん。
別府市に来ておよそ10か月が経ちますが、やはり言葉の壁が大きいようです。
―ーオレーシア・ツビリュークさん
「日本語が必須なので一生懸命勉強しているが、日本語はとても難しい」
そんな県内の避難者を支えているのが、ウクライナ出身の小野ヤーナさんと一馬さん夫婦。2人は立命館アジア太平洋大学出身で、長崎から別府市に移住し支援活動を続けています。
ほぼ毎日避難者のもとを訪れていて、オレーシアさん親子とも信頼関係を築いています。
先の見えない生活の中、小野さんたちの存在は大きな支えになっているようです。
ーーオレーシア・ツビリュークさん
「できればすぐにでも帰りたいけれど、それが今は叶わない。小野さんが近くにいていつでも困ったときに連絡ができる」
この1年について小野さん夫婦は…
ーー小野ヤーナさん
「すごく忙しくて休みの日もなかった。1年経ったら(侵攻が)落ち着くのではないかと思ったが、まだ続いているから終わりが見えない。もっともっと頑張らないといけない」
避難先の県内で仕事に就く人たちも。
ストロミン・ディミトロさんです。
ストロミンさんは去年12月、同じ避難者と共に日本の運転免許を取得するための試験を受け、見事合格しました。
現在、大分市内の建設会社に勤務していて、別府の自宅と会社の往復や現場に向かう間、車を運転しています。
22日は、道路工事の現場で汗を流していました。
慣れない日本での仕事は大変ですが、同僚たちにも温かく迎え入れられています。
ーーストロミン・ディミトロさん
「ここに来たときからみんな優しくしてくれる。ウクライナ人としてではなく他の日本人と同じように優しく接してくれて嬉しい」
ロシア語が堪能な会社の社長に通訳をしてもらったり、スマートフォンで調べたりしてコミュニケーションをとっているストロミンさん。
県内での生活の基盤も徐々に整ってきているようです。
ーーストロミン・ディミトロさん
「日本に来て子どもたちも勉強しているし、学校にも入ったし下の子も幼稚園に行ってるし、自分が仕事をしているのも普通になってきている」
一歩ずつ歩みを進めている避難者たちを小野さん夫婦はこれからも支えていく考えです。
ーー小野一馬さん
「気軽に声をかけてくれるだけでも彼らの気持ち的にすごく違うと思う。避難者だからとかではなく普通の隣人として、良き隣人として付き合ってもらえれば助かる」
1年が経っても侵攻の終わりが見えない中、避難者たちは祖国への思いを胸に遠く離れた県内での日々を過ごしています。
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