台湾で初の温泉旅館を開業した日本人「平田源吾」現地の温泉の効能に感激し発展に尽力・大分

2026年09月22日 09:00更新

TSMCの熊本工場の建設など九州との関係がさらに深まっている台湾。

 

 

大分県でも現地との直行便が就航し、より気軽に行き来できるようになりました。

 

 

その台湾と大分には意外な歴史とつながりがあるとのこと。

 

 

おんせん県として知られる大分ゆかりの人物が現地の温泉地の発展にも尽力していたとのことで、台湾で人気の漫才師「漫才少爺(まんざいぼんぼん)」の2人と一緒に現地を取材しました。

 

  

温泉地・北投(ベイトウ)で発見!大分・中津市出身の偉人とは?

 

私たちが向かったのは、台北中心部から車で30分ほどの場所にある台湾有数の温泉地「北投(ベイトウ)温泉」。

 

 

「北投の雰囲気は日本そっくりですよ」と地元の方が話すように、どこか懐かしい日本の温泉街のような空気が。硫黄の香りもして、まさに温泉地!これは大分とのつながりが期待できるかも…

 

 

 

早速、無料の足湯で聞き込みをしていると、「温泉博物館に行ってみたら?」との情報が。

 

 

足湯から歩いて10分ほどの「北投温泉博物館」へ。ここは、かつて公共浴場だった建物を再利用し、台湾の温泉文化や歴史を展示している施設です。館内を案内してくれたローさんによると、この北投温泉の発展に大きく貢献した日本人がいるんだとか。

 

 

その人物こそ、大分と台湾をつなぐキーパーソン「平田源吾(ひらたげんご)」。

 

 

本籍は大阪ですが、実は大分県の中津藩出身。

 

 

なぜ台湾の温泉地に写真が飾られているのでしょうか?

 

 

 

話は1885年にさかのぼります。台湾に渡った平田源吾は、現地でケガをしまいました。

 

 

困っていたところ「傷に効く温泉がある」と聞き、北投温泉を訪れたのです。

 

 

温泉療養の効果で傷がすっかり治った平田は感激。

 

 

その翌年、台湾で初とされる温泉旅館「天狗庵(てんぐあん)」を開業しました。

 

 

 

「ここができたおかげで、いろんな人が温泉に入りに来て、ご飯を食べたり休んだりして、温泉地の始まりを作った方なんです」と太田くんが解説してくれました。

 

 

さらに、当時は温泉利用のルールがなくてトラブルなども起きていたため、平田がルールを整備したとのこと。まさに、北投温泉の父とも言える存在だったようです。

 

 

平田が建てた天狗庵の石段は、今も歴史的なスポットとして大切に残されています。まさか、台湾を代表する温泉地の発展に、おんせん県ゆかりの人物が深く関わっていたとは。

 

 

 

人気観光地キュウフンに「九重町」が

 

取材はさらに続きます。「実はもう1か所、大分と台湾のつながりが」と太田くんが言うので、次なる目的地、人気観光地「キュウフン」へ向かいました。

 

 

ノスタルジックな街並みが美しいキュウフン。

 

 

そのメインストリートを歩いていると…目に飛び込んできたのは「九重町」という看板。

 

 

まさか、大分県の九重町と何か関係があるのでしょうか。

 

 

 

気になるお店に入ってみると、1階はカフェスペース、2階から上はキュウフンの街並みを一望できる民宿になっていました。さっそくお店の方に、なぜ「九重町」という名前なのか聞いてみることに。

 

 

すると「キュウフンで最も重要(九重)な通りにある民宿、という意味で名付けたんです」とのこと。

 

 

偶然か…と思いきや。

 

 

「大分県に同じ名前の町があるのを知っていますか?」と尋ねると、「知っていますよ、私たち行きましたから」との回答が。

 

 

このお店を経営する呉さんの家族は、大分県の九重町を訪れ、町長にも挨拶をしていたのです。フロントには、中国語版の九重町のパンフレットまで置かれていました。

 

 

偶然の名前の一致が交流にまで発展していたとは。大分と台湾の意外なつながりですね。

 

 

 

台湾と大分の絆を旅しよう

 

今回の取材では、北投温泉の平田源吾、そしてキュウフンと大分との縁を発見することができました。歴史や文化を知ると、旅はさらに面白くなりますね。

 

 

大分との直行便の就航でさらに近くなった台湾をあなたも訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

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