佐賀関大規模火災 復興計画策定へ専門家会議 市「対話を重ね住民が望む形で」大分
大分県出身者として初めて総理大臣を務め、2025年10月に101歳で亡くなった村山富市さんのお別れの会が20日、東京都内で営まれました。
満面の笑みの遺影が飾られた村山富市さんのお別れの会。
高市総理や衆参両院の議長をはじめ政界関係者などが参列する中、20日午後、東京都内でしめやかに営まれました。
1994年、社会党と自民党、新党さきがけの3党の連立政権の下で、第81代内閣総理大臣に就任した村山さん。
在任中には阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件などの歴史に残る様々な出来事の対応に尽力しました。
◆村山富市総理(当時)
「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」
戦後50年の節目には、時の総理大臣として初めて「侵略」や「お詫び」という言葉を使った村山談話を発表しました。
在任期間は561日。総理大臣を務めたのは県出身者として初めてで、飾らない人柄でも親しまれました。
政界引退後、古里の大分市で余生を過ごした村山さんは2025年10月、101歳でその生涯に幕を閉じました。

お別れの会では、当時の連立政権のパートナー・元自民党総裁の河野洋平さんが式辞を述べ、亡き村山さんを偲んでいました。
◆河野洋平 元自民党 総裁
「『天命じゃ』とおっしゃった総理大臣就任のあの当時、決断した時のあなたの力強いまなざしを今も忘れることができません。あなたがたどった平和への歩み。私たちが引き継いでいく」
また、遺族を代表して、次女の中原由利さんが感謝の思いを述べていました。
◆村山さんの次女 中原由利さん
「『僕のためにこんな会を催してもらって、気の毒やな、すまんな』と父の声が聞こえるようです。本当にありがとうございました」
難局の時代に総理を務めた村山さん。平和を愛したその生涯は多くの人の記憶に刻まれています。
