【熊本地震1週間】深夜の捜索活動、老舗旅館の被害、医師たちの奮闘… TOS記者が取材した被災地 大分

2026年08月04日 19:20更新

イオンモール熊本 建物崩れ鉄骨はむき出し

 

【TOS渡辺一平記者の取材リポート】

 

私は、今回の地震が発生当日の7月28日に熊本に入りました。被災地の状況や現地で活動する人たちの思いを取材しました。

 

 

◆渡辺記者(7月29日午後11時すぎ)

 

「熊本県嘉島町にあるイオンモール熊本。こちらでは地震の後、爆発事故が起き、現在も複数の安否不明者がいます、そのため、午後11時を越えたこの時間も重機を使って捜索活動が続けられている」

 

 

地震後に大規模な爆発が起きたイオンモール熊本。建物は大きく崩れ鉄骨がむき出しになるなどその姿は一変してしまいました。私は発生翌日の7月29日に取材をしましたが、昼夜問わずの捜索活動が行われていました。こちらでは7人の死亡が確認されています。

 

創業117年迎える老舗旅館も被災

 

◆渡辺記者(7月30日)

 

「八代市にある旅館です。道をふさぐように塀が倒れているほか、入り口の屋根は完全に崩れ落ちてしまっている」

 

 

震度6強を観測した八代市では街のいたるところに地震の爪痕が残されていました。

 

こちらは創業117年を迎える老舗旅館、日奈久温泉「金波楼」です。

 

 

明治時代から続き、国の登録有形文化財になっていますが大きな被害が出ました。

 

 

◆4代目館主 松本啓佑さん

 

「これを見た瞬間は、もう言葉にならないというか今後どうなるんだろうと不安が一番大きかった」

 

 

正面玄関の門や塀は10年前の熊本地震では倒れなかったそうですが、今回の地震には耐えきれませんでした。

 

 

◆4代目館主 松本啓佑さん

 

「前回の地震の時もやっぱり1年くらいかかって復旧したので、今回で言うとどんだけかかるんだろうというのが率直な気持ち」

 

 

 

別府市の医師は「DMAT」として活動

 

一方、被災地には大分から支援に入った人たちの姿も。

 

 

熊本市内の病院では、別府市の医師が災害派遣医療チーム「DMAT」として活動していました。

 

 

◆DMATとして派遣新別府病院 中島竜太医師

 

「震災が起こってからすぐに恐らくDMATを派遣しないといけないだろうということで、 準備をしてこちらの方に来ている」

 

 

こちらの病院では地震でけがをしたり体調不良になった人などへの対応に追われていました。

 

 

◆中島竜太医師

 

「こちらより南の震源地に近い氷川町というところの老健施設、電気と水道が止まっているという状況で入所者さんが結構な数、熱中症になっている。こちらで緊急避難的にその人たちを受け入れて、点滴等を行って状態が落ち着いたら、元の施設に戻すという仕事を今している」

 

 

命を守る現場で懸命に活動する人たち。人手が足りない中連携しながら処置にあたっていました。

 

 

◆中島竜太医師

 

「我々は帰るが、やはり震災の影響は数年がかりで続いていく。我々が得た現状を県の方に持ち帰って医療を中心とする継続的な支援ができるように、関係各所に働きかけていくということがまず一つやるべきこと」

 

 

取材で目の当たりにした現場は本当にすさまじい状況でした。被災地では今、この時間も多くの人が、命を守るため、そして、復旧に向けて懸命に活動しています。

 

 

少しでも息の長い支援が必要だと感じました。また、大分に住む私たちもいつ起こるか分からない地震への備えを しっかりしておくことが大切だと思っています。

 

 

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